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神崎剣抄個展

「人生 五十年 自分は 二十歳迄 生きました。 残りの三十年は父母上に 半分づつ さしあげます。」
神風特攻隊少年たちは この上なく 美しく 限りなく哀しい言葉を遺して 空に散って行った。
その散華は 国や天皇のためではなく 愛する妹 愛慕する父母 愛しい恋人のための勇敢な飛翔であった。
しかし 今日の日本の姿を彼等が 見たならば 何を思い、何を感じるだろうか。
昭和45年11月、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で 身命を賭して訴え 切腹した三島由紀夫。 その4ヶ月前、某紙に寄せた一文にはこれからの日本に対し希望が持てないことを述べ、このままでは「日本」はなくなってしまうのではないかと憂い 「その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、 中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」と予言した。 あれから44年、実際その通りの国になってしまったように思わざるを得ない。
自らの国を軽蔑し、近隣諸国に阿る売国奴的な政治家や文化人を生み出した国は他にあるだろうか?
今回の個展である「憂国」で 私は 右翼的思想やナショナリズムを表現したかったわけではない。
現代の私たちはグローバル化の中で、本来持っている日本人のアイデンティティを失いつつある。
そんな今こそ神風特攻隊の 敢為堅忍たる 義の誠心を私たちは思い出さなければならない。
脈々と受け継がれてきた、日本人の根底に深く根付いている精神、魂、思想、道徳。 今の時代こそ、それらが求められる。
新渡戸稲造は著書である『武士道』で「義を見てなさざるは勇なきなり」という論語の言葉を以下のように引用した。
「勇気は義のために行われるのでなければ、徳の中に数えられるにほとんど値しない。孔子は「論語」において、その常用の論法に従い消極的に勇の定義をくだして、「義を見てなさざるは勇なきなり」と説いた。この格言を積極的に言い直せば、「勇とは義(ただ)しきことをなすことなり」


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