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CAI02開廊5周年記念展 色は憶えている 港千尋×岡部昌生

会期  2012年5月19日(土)~6月14日(木)
休館日  日曜祝日
時間  13:00~23:00
会場  CAI02 札幌市中央区大通西5丁目昭和ビルB2(地下鉄大通駅1番出口)
アーティストトーク  6月2日(土)18:30~
港千尋+岡部昌生+佐藤友哉(札幌芸術の森美術館長)+鳥本健太(上海 Office339 代表)

主催 CAI現代芸術研究所

色は憶えている

都市の生活が長くなると忘れてしまうが、わたしたちの足の下にはさまざまな土がある。アスファルトに覆われ、コンクリートに囲まれた町でも、5センチ下からは砂利や砂や土がきれいな層をつくっていて、たいていは色の違いによって見分けることができる。
色は歴史である。境目は地質的な変動や気候の変化を表している。赤土と黒土のあいだに、大地を揺るがすようなドラマがあったことを、わたしたちは習う。八ヶ岳山麓と諏訪湖のあいだにひろがる一帯では、50センチ掘ると縄文中期の土が顔を出す。光を吸い取ってしまうような黒い土だ。場所によっては民家の床下からも土器片が出てくる。その土器もまた、そのあたりの土の色を反映している。
色は歴史である。都市の景観は、数十年ですっかり変わってしまうが、地下には痕跡がある。首都を舞台にした激しい内戦のつづいたベイルートでは、中心街が完全に破壊され、すべてが瓦礫として撤去された後に、再開発が始まった。瓦礫は海辺に捨てられて、埋め立て地となっている。
ショッピングモールの脇にある土塊には、鉄やガラスの細かな破片が混ざって、微細な輝きを放っていた。人が生きていたことの、失われた光のように。
色は歴史である。大津波が洗い流した福島の海岸地帯で、アスファルトの道がきれいに切られていた。羊羹にナイフを入れたように、一直線に切られた道路の下には地層が現れていた。それはさながら垂直のパレットのように、わたしたちの足の下の成り立ちを描いていた。しばらく歩くと、海の底にあった土と地上にあった土が混ざり合い、見たことのないような色をした水が、見たことのないような太陽を反映していた。
これらの色を見たのは、わたしたちだろうか。それとも色のほうがわたしたちを記憶しているのだろうか。千年の色を、世紀の色を、去年の色を忘れてしまっても、人の庭に花は咲く。草は生い茂る。遠い土のなかから、無数の命を吸い上げるようにして、また夏がやってくる。

(写真家・著述家・多摩美術大学教授)

 


港 千尋
1960年神奈川県生まれ。大学在学中に南米各地に滞在して以来、赤道や大西洋など世界各地を撮影している。主著「記憶」でサントリー学芸賞、展覧会「市民の色」で伊奈信男賞を受賞するなど、テキストとイメージの両面で探求を続ける。
07年には第52回ヴェネチァ・ビエンナーレ日本館コミッショナー、08年には「HIROSHIMA1958」とキュレーションを務めるなど幅広く活躍。2011年以降は震災と風景をテーマに展覧会やシンポジウムを展開。「隔たり/連なり」(ナント、喜多方2011-12)、「風景考」(東京2012)。写真集に「文字の母たち」(インスクリプト)、近著に「パリを歩く」(NT出版)、「掌の縄文」(羽鳥書店)。現在多摩美術大学情報デザイン学科教授。


岡部 昌生
1942年北海道根室市生まれ。
1979年「都市の皮膚」を制作。1980年代後半より広島の原爆の痕跡を作品化する作業をはじめる。「ART for the SPIRIT永遠へのまなざし」(北海道立近代美術館2011)、「シンクロニシティ同時生起」(広島市現代美術館2005)、第52回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館(2007)、「わたしたちの過去の、未来はあるのか」(港千尋編 東京大学出版会2007)、「記憶を汲みあげる」(ローマ日本文化会館2007)、MONAパーマネントコレクション(タスマニア2011)、「事後のイメージ」(ベイルート・アートセンター2011)、「きみは3.11を見たか?」(旧日本銀行広島支店2011)、「個園」(杭州、人可芸術中心2012)。
現在札幌大谷大学短期大学部美術科教授。

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